(↑ビハインドはこちら)
[I want]
したいことはたくさんあった
してみたいことも片手で収まらないくらい
でも できないことを知って
諦めたら 何もしたくなくなった
人の興味には限界があるみたい
限りある好奇心を打ちのめされたら
後には何も残らない
I don’t want to do anything
何もしたくない
何にも興味持てない
未来に希望なんてない
いつ終わりが来ても幸せよ
夢を語るのはタダ
夢を見るのもタダ
それなのに 現実を生きるには
あまりにも失うものが多過ぎる
諦められないと大切に抱えていても
結局全部諦めることになるんだ
最後は何も残らない
I don’t want to do anything
何もしたくない
あまりにも儚過ぎて
信じた分泣くなら
このまま終わってもいいや
面白くなくて
探す元気もなくなって
何も面白くなくて
動くのも面倒
衝動? 葛藤?
絶望? 全て虚無
もう何もいらない
求めなければ
諦めれば
何もない
本当に何もなくなる
What do I want to do?
〈ビハインド〉
これは、ちょうど去年の今頃、すなわち就活をやめると決めたころに書いた歌詞です。
私は、子どもの時から夢がたくさんある方でした。夢は必ずしも職業だけではありません。でも、それらは人に言えなかったり努力せず勝手に諦めたりすることが多かったです。
私は、高校の時に誰かと一緒に踊りたいと思うようになりました。しかし、それはなかなか叶わず、「一緒に踊ろう」と言えた友達とも実現することはありませんでした。大学生になったらダンスサークルに入って一緒に踊りたいと思っていました。でも、コロナ禍のため、叶ったのは一年後。私はいつのまにか先輩になっていました。
したいことをするのって思った以上に大変でした。なにより、強い思いがなくても簡単に叶えられる人がいるのに、強い思いのある自分はそうではないことがつらかったです。望み続けるより諦めた方が楽だと思ってしまいました。望んだ先に何があるかは見えないですし。
私はしんどくても、「ダンスを誰かと踊りたいから生きたい」と強く思っていました。でも、踊り切ったと思えた時、生きたいと思う理由を見失いました。
怖かった。きっと、まだやりたいことはたくさんあるのに、諦めることに慣れてしまって「別に」と言って諦めてしまう。諦めるほどに生きる気力みたいなものもなくなっていく、そんな気がしました。そんな中で、私は作詞することだけはやめませんでした。
就職するからって作詞家を諦めるわけでもないし、私は作詞家になるために就活をやめたわけではありません(多少は影響してたかもしれないですが)。
ただの精神安定剤で、ただの趣味かもしれませんが、私は前に進んでいきたい。